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SandBox/ある男の話③

SandBox/ある男の話
SandBox/ある男の話②

ウッドノッチ開拓村 Edit

 私とベルは日が落ちる寸前、開拓村の門が閉じられる丁度のタイミングでそこに到着した。
 懸念していた襲撃がなかったのは幸いで、それがあれば一日遅れていただろう。
「良かった。門が閉じられて以降は、その日は開けない村もある」
「夜は深淵の時間だからな。致し方ない」
 村の畜舎にプーレとヒューイを留めさせてもらい、私達はまず村を訪れたその用件を村長へと伝える。
 村長は初老を迎えた40代の男性だった。腕っ節はそう強いわけではなさそうだったが、通してもらった応接間の棚に写本と思しき本が多く見えたことから、学を積んだ指導者なのだろう。
「こんなお時間に我らがウッドノッチ開拓村へよく来てくださった、冒険者どの。道中はいかがでしたかな」
ゴブリンが出る、と聞いていたけれど、道なりには何もいなかった。襲ってこなかっただけかもしれない」
「そうでしたか…… こちらでは数日前から見張り番がちらほらとゴブリンらしき小さい影を見たと申しておりましてな。皆、不安にかられております」
 茶に預かりながら出た話に、私はベルの横顔を見る。
 見た目には私よりもずっと年下だが、この時は私が今まで見た中でもっともプロとしての風格が出ていたように思う。
「して、何のご用件でしたでしょうか。ゴブリンの討伐の依頼は、まだ出していなかったかと思いますが」
ト=テルタルアーブルテンプルからの使いで来た。この村にロバーツという神官がいると思うけれど」
「はい、確かに。彼は我々が誇るこの村の住民ですが」
「彼がテンプルから呼ばれている。 ――書状はこれ」
 ベルは村長にメリアから預かった書状を手渡した。
 村長は、失礼、と一言断り、書状にあるト=テルタの封印を認めると、ナインズ共通の祈りを切ってから封を開けた。
「――確かに、相違ないようです」
 そう言って書状を検めた村長の顔には、皺がひとつ多く刻まれていた。
「……いや、しかし、困りましたな。ト=テルタに嫌われるようなことをした覚えは、ないのですが」
「困ったというと――」
ゴブリンの件か」
「はい」
 挟んだ私の言葉に、村長は深く頷く。
「先程も申し上げましたが、ゴブリンの件で村人たちは不安にかられております。ロバーツ君はこの村では自警団長と狩人頭に並ぶ実力者で、この村唯一のプリーストです。彼が今抜けることは、村長としては……」
「なかなか了承しにくい相談だということか」
「もう数日待って頂ければありがたいのですが…… あるいは」
 言って、村長は私とベルを順番に見つめた。真剣な眼差しは、私たちが村の危機を任せるに足るかどうかを測るものか。
 ここまで来れば、この先は言わずとも分かった。
「急な話になりますが、あなた方をお雇いした上で、ゴブリンの脅威を払って頂ければ、と」

 その後、ベルは、一晩考えさせて欲しい、と回答を先延ばしにした。
「悪いようにはしない。でも、こちらにも確かめたいことがある」
 ベルのその言葉に村長は軽く安堵の表情を見せ、私たちに集会所2階の客室を宿泊所として貸してくれた。
「私としては、受けても特別問題ないと思ったが」
「依頼は受ける。私が考えてるのは、依頼につける条件のこと」
 集会場への道の上。
 村の中央にある井戸の、その石畳の上で、天に掛かり始めた夜の帳を眺めながら。
 条件? と私が疑問を口に出すと、ベルは丁寧に答えてくれた。
「何をすれば依頼達成とするのか、報酬はいくらか、達成に掛かった費用はどこまで補償してくれるか――そういったこと」
「そこまで考えるのだな」
冒険者の宿が斡旋してくれる場合は、宿の主人が依頼主と相談して決めておいてくれるから、主人次第。今回はそういうわけではないから、安請け合いは依頼主も私たちも不幸になる」
「なるほど」
 私が頷くのを見てか、ベルは一瞬だけ唇の端を上に上げると、つい、と視線を横へと滑らせた。
 それに習ってベルの視線を追いかける。そこには、篝火を灯した村の見張り櫓と、そこから連なる村の防壁があった。
 見張り櫓は高さ5メートル、防壁は3メートル弱といったところか。
「作りは悪くないな」
「……櫓が?」
「いや、村全体の作りのことだ」
 言って、私は改めて村の中央の井戸広場から全体を眺めるように村を見渡しつつ、ベルに語る。
 村を時計盤に見立て、12時に村の門。1時方向に畜舎があり、少し離れて3時方向に集会場。4時から7時の方向に掛けて村人たちの家々があり、8時方向に教会堂、9時方向に村長の家。10時方向に見張り櫓がある、といった様子だ。
 ほぼ正四角に近い円形で、最低限の機能が防壁の中に収まっている。一般的な村、と言っていい模範的構成だろう。
「村としては防御力は高い方だろうな。もちろん、自警団の数や質によるが…… これなら山賊でも多少は攻めあぐねることだろう。ルアーブルとの距離も近い」
「そういうことには詳しいんだ」
「前の仕事柄、だな。この村を建てた建設隊はいい仕事をしている。私の故国ではずさんな仕事も多かった」
 この国は人が良い、と思う反面、こう故国と違うところを見ると、懐かしさが溢れてくる。
 戻りたいと思うわけではないが。
「じゃあ聞くけれど――もしオーガが出てきたら、どう?」
オーガか」
 オーガ――人喰い鬼。身長は低くても2mに達し、その強靭な力でもって村の防壁さえたやすく破壊する、開拓村にとって最も恐るべき災厄。
 ゴブリンボガードを手下として引き連れ、星霜の領域に降りてくることは珍しいというほどではない。
「それこそ自警団の質によるが――追い払うことは可能だろうな。ただ1体までだ」
「2体以上は?」
「2体以上となるとそれなりの矢撃ち櫓が必要だ。ここの矢撃ち櫓は1方向当たりせいぜい3人用の広さしかない」
 矢撃ち櫓とは、防壁の後背に据え付ける、射手が控えるための足場だ。防壁越しにゴブリンオーガを撃って追い払うために存在する、村にとって必須の防御施設。
 オーガが2体となると1方向当たり5人が使える広さとそれだけの訓練された射手が必要で、この広さの開拓村が維持するには難しい。
 村を大きくすると、防壁の敷設や修繕は更に大変になり、見張り櫓も2つ必要になる。村が大きくなればより大きな攻撃にも耐えられるようになるが、そのためのコストは加速度的に重くなっていく、というわけだ。必然的に村の経済をやりくりする村長の負担は上がっていく――
「なるほど」
 頷きとともに発されたベルの声で、私は思考を途切れさせた。
「それなら、私の勘は間違っていなさそう」
「勘、とは? ――オーガが出てくる、ということか?」
「ん。多分、村の周囲を徘徊しているゴブリンは、村が防御を固めた時に、どれぐらい防御力があるかを、見てる」
 憶測のような物言いの割に、ベルは確信を持っているような調子で言った。
ゴブリンだけならそういうことはしない。村が気付いてない時に、外に出た村人を襲う。だから多分、防壁を突破できるオーガが控えてる。それと、経験豊富なホブゴブリンか、ゴブリンシャーマンも」
「なるほど。 ……打って出るのは、私たち2人だけでは厳しいか」
「ん。だから、別の手を使う」
 ベルは見張り櫓に一瞥をくれて、集会所へと歩き出した。

開拓村での戦い Edit

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