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〈人〉 の変更点


I feel sasitfied after reading that one.
神話時代の人々で、ガラクヴァ〈竜〉によって滅ぼされたと言われています。
エンファータの神話によると、九大神(ナインズ)のうちアグラ=イヴァナ、ヴァル=ノレル、ソル=パル、レ=ティオン、アグ=ヴァは元は〈人〉だったそうです。

極めて高度な魔法技術を持つ存在で、今でも使用されるガンスリンガーを作ったほか、ルアーブル市にある「大迷宮」や「ハーフェンの碇」、そしてエンファータの各地にある数多の遺跡やラッタウなどの都市で、その栄華を偲ぶことができます。
なお、人間は、〈人〉が自分たちの祖先だと考えています。

* 〈人〉のルーン魔法 [#d90978a4]
空中大陸ハーフェン外縁部にある都「フェルスターン」は〈人〉が作った都と言われています。
そこに住む人々には、〈人〉の魔法に関する情報がわずかではありますが残されています。それによると、〈人〉のルーン魔法は、『可能性を実現させる魔法』であり、今の人々が使う呪文とは、できる事の範囲も力の次元もまるで違うものだと言われています。

また、〈人〉のルーン魔法は、大迷宮などの遺跡や〈人〉が建造した都市などでその文字と構成を見ることはできますが、あまりにも複雑で、あまりにも謎が多いため、その一部ですらも、解明はされていません。

** 〈人〉のルーン魔法に関する覚書 [#r83d82c4]
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……〈人〉は、かつては彼らの神々がおり、おそらくその頃は、今と同じような穏やかな世界、そして今よりもはるかに進んだ文明を、持っていたのだろう。だが、彼らの神々は消えてしまった。世界は生きづらくなった。〈人〉は、何者にも頼れずに、自分たちだけで生きていくしかなかった。多くのものは、その苦境に耐えられず、命を落としていっただろう。
しかし、ほんの一握りとはいえ、新たな力を獲得した者たちもいた。それまでの魔法に頼れなくなった彼らは、より根源的な魔法を、生み出したのだ。それが、〈人〉の魔法 ―― 願いの魔法 ―― のルーツである……


――フェルスターンに住む者たちは、〈人〉の魔法を「可能性の魔法」という。

それを言うと、驚くものもいる。「だが、待ってほしい。我々の魔法も可能性の魔法だ。例えば《アンロック》は、閉ざされた扉を開くという可能性を現実のものにする」と、言うものもいた。
しかし、そもそも扉のない部屋に扉を作り、それを開くことは、我々の魔法では出来ない。状況が許せば《トンネル》の魔法や、または《シースルー》と《テレポート》で、部屋の中に入る/出るという、同じ結果はだせるだろうが、「扉を作って開く」こととは、大きく違う。

――〈人〉の魔法は、それが出来るのだ。
――〈人〉のルーン魔法は、「その壁に扉があり、それを開くことができる」という状況を、文字通り現実のものとする。

もちろん、他のこともできる。
例えばドラゴンに襲われた時に、我々ができることはそう多くはない。しかし、〈人〉はそのルーン魔法で、はるかに多くのことが出来る。ドラゴンと自分の間の天井が崩落し、攻撃を防ぐ。ドラゴンを幻で晦ませ、攻撃を防ぐ。ドラゴンの攻撃が至る前に、別の場所へと転移し防ぐ。ドラゴンの攻撃も受け付けぬ鉄の体となる ―― など。
挙げた例の幾つかは、我々の魔法でもできなくはない ―― しかし、〈人〉のルーン魔法は、あらゆる状況に、術者が望むあらゆる対応を、現実とすることが出来るのだ。

――まさに、神の魔法だ。少なくとも理論上は。

神話を読む限り、そして、〈人〉が残した様々な偉業を見る限り、彼らが ―― おそらくはその一部にせよ ―― 神々に比肩する力を有するほど、その魔法に熟達していたのは疑いの余地はない。しかし、彼らの魔法には、根本的な問題が潜んでいる。例をあげて説明しよう。そう、テーブルに並べられている料理を例にとって。

『とある日、とある食卓でのこと、おそらくは料理人の腕が未熟だったのか、それとも新鮮な食材が手に入らなかったのか、はたまた他の理由で、その〈人〉が食した料理は彼/彼女の舌を満足させるものではなかった……その彼/彼女は、彼らのルーン魔法を使い、食するに値しない食事を極上のものに変えようと思い立つ』

――こんな卑近な所に、重大な問題が潜んでいるのだ。
――真っ先に思いつく疑問は『どうやって?』だ。

願いは正確なものでなければならない。料理が不味いならば、なぜ不味いのかを理解し、その上で問題を解決しなければ、彼らの魔法を使った結果「料理が旨くなる」保障は何処にもない。願いの魔法は制御が難しく、術者にさえ「術者が本当に欲しかった結果」が手に入るかどうか分からないところがある。

願いの魔法は、基本的なプロセスとしては願うだけで良いが、その結果が現れるにあたっては、現実的な過程を経たものでなければならない。術者が意識しなかった部分は、半自動的に何かしらの法則にしたがって勝手に解釈されてしまうはずだ。
だが、効果が、目に見えるものならば、さほど難しくないだろう。例えば「壁に扉をつくる」程度は、具体的なイメージが脳裏に浮かべば、それで条件はクリアしているはずだ。しかし、「味」は見えない。そして、見えないものは他にも沢山あるのだ。

願いの内容は現実に即したもので、かつ具体的であればあるほど、正確に顕現する。〈人〉が、彼らの魔法を発展させる上で、その法則を深く研究して行ったのは、疑いの余地はない。そう。願いを具体的に、誤解の余地なく具体的にしていくために。

このような一面は月の魔法(ソーサラー魔法)にもあるので、彼らの動機は、私にも理解出来る。しかし、月の魔法や他の魔法に熟達している者はよく理解している通り、「深く突き詰める」というのは、さらなる問題を生むのだ。詠唱の複雑化、という問題だ。魔法をより具体的にし、魔法発動に対する条件が多ければ多いほど、詠唱は複雑になっていく。
今知られている限り、彼らは、詠唱の複雑化という問題を、様々な方法で解決していたようだ。

――彼らは、魔法執行にあたって、6つのチャネルを使用した。
――1つは「意思」、1つは「言葉」、1つは「肢体」、1つは「空間」、1つは「道具」、そして「ルーン文字」だ。

とある吟遊詩では、〈人〉が魔法を使う様を、こう描写している。
『心地よき鈴のごとき声、臓腑に響く重き声、心を揺らす弦の如き声、その者が発する旋律は、風に乗り、しかれども風にかき消されることなく一言一言が空にとどまり続ける。指を組み、腕を振り、足を優雅にステップし、その荘厳な踊りは、動かぬようにも見え、しかれども目にも留まらぬ所作を続けながら流れ――宙に留まりながらも流れる旋律と所作が重なり、その者の周囲に無数の印となりて、きらめきを残していく。幾筋ものきらめきが連なり、辺の空に流れ。大地に幾重にも書かれし文字の連なりが、輝いていく』

空にとどまり続ける言葉、これは「詠唱」だろう。印を残していく所作、これがいわゆる身振り手振りの「肢体」、そして、空中に流れる幾筋ものきらめきが、空に描かれし「空間」の魔法陣、大地に書かれし文字の連なりが「道具」「文字」に該当すると思われる。そして全てを「意思」が統御する。
意思以外の5つのチャネルは、それぞれ別のことを定義し、そして互いに影響しあって、より具体的な定義と意味付けされていく、そのような仕掛けだろう。この目で見ることができないのが残念でならないほど、精巧に組み上げられた魔法執行だ。

我々も、魔法陣、道具、そして身振り手振りと詠唱は使うが、その精度と技量は、彼らからすれば、児戯のようなものだろう。もっとも、吟遊詩に語られるほどのものだ、相当な大魔法を執行した際のものだろうが。シチューを美味しくする程度で、そこまでのことはしなかったろうな。せいぜい、「意思」と「簡単な一言」と「然るべき道具」くらいで。

――しかし、このような魔法体系であれば、なおのこと「道具」「文字」の重要性は増すだろうというのも、想像がつく。

いくら熟達したルーンマスターでも、詠唱や身振り手振りは不確実だ。ほんの少しの不明瞭さが、ミスにつながりやすい。蟻の一穴のように、〈人〉の大魔法に求められる厳密性を崩しかねぬ。
効果が巨大な願いの場合、どこの不指定によって何が起きるか分からない。そして、願いの魔法の難点は「『失敗』はするが『不発』はしない」ところにある。我々の儀式では、たいていの失敗は不発に終わる程度だが、それでも、何らかの召喚系儀式では、意図と全く違うものを召喚する、ということもある。〈人〉の魔法にも、それと同じ事が起こりうるのは想像がつく。

彼らの魔法は、扱える魔力とその効果の巨大さ・複雑さは、まさに「神の魔法」と言っても良い域に達している。であればこそ、事前に準備しチェックできる「道具」「文字」 ―― つまり、ルーニック・インスクリプション(ルーン文字の彫刻) ―― で、間違いが(ほぼ絶対に)起きない形で執行する方向に進むのは、道理だろう。

もちろん、より低いレベルの効果に抑え、かつ、効果を定格化することで、執行の際の負荷とリスクを減らすという方向もある。我々が今使っているスペルキャストは概ねその方向で構築されたものだろう。だが、神の如き力を手にしていながら、そして、その力を低リスクで使える手法がありながら、低いレベルで甘んじる理由はあるまい?
欲と同じく、力は、放棄が難しいものだ。

――そして彼らはルーニック・インスクリプションで願いの魔法のほぼ全てを記述するに至ったのだろう。
――『港』と『門』や、大迷宮、都のように、途方もなく複雑なものを生み出すに至った。

それらの遺跡や遺物を調べることで、いずれは我々も〈人〉の魔法をその手にできるかもしれない。〈人〉がいなくても、それらの遺跡の多くは正常に機能している。それはつまり、それらのルーン構成に、魔法の大半が込められていることを意味する。あまりにも複雑で、あまりにも謎が多く、まだ我々には理解できないだけで。

――もっとも、我々が知ることを許されれば、だが。

月の魔法を生み出したものが誰であるにせよ、〈人〉の魔法に対するアンチテーゼとして構築したのは、疑う余地はない。そして、ナインズやガラクヴァも、プリーストが使える奇跡を見る限り、〈人〉の魔法を我々から遠ざけたと見て、間違いないだろう。今に残る精霊魔術もそうだ。世界と神々が、〈人〉をはるかな神話に留めるべく動いているとしたら、〈人〉の魔法を得ようとする努力は無意味なものだ。

――しかし、それは、やってみなければわからない。そして、〈人〉の魔法は、まだ生きて我々の前にある。
――〈人〉と同じく、我々人も、欲は止まらない生き物だ。


……フェルスターンおよび高層域の領主 ザール・アウザストラ著『〈人〉の魔法に関する覚書』より
//スパムにより内容が書き換えられていた為、ページを復旧:2014-09-28
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