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SandBox/ある野良オーガの話

 ロークは空腹に苛まされ、目を覚ました。
 手狭な洞窟の中、適当な岩を掴んで身を起こそうとして、その岩が割れる。
 上体をしたたかに打ち付けるも、さほどの痛みは感じずに、しかし不機嫌そうにロークは改めて身を起こした。
「――なんですかい、ボス。今の音は」
 洞窟を覗きこんで聞いてきたのは、ホブゴブリンのドガ。
 ロークは彼を睨みつけては、るせえ、と短く返した。
「飯は」
「用意してありやす」
 そんな短いやり取りでも、特別嫌な顔ひとつ見せずにドガは答える。
 ふん、とロークは鼻息をひとつ。どうせ大したものはないだろうと、愛用の棍棒を引っ掴んでは洞窟の外へと出た。
 森の中の落ち着いた薄光に照らされたロークの身体はがっしりとした筋肉質で、いかにも頑丈。ただ、それは他の種族と比べればの話。
 オーガとしてはごくごく平均的な身体を軽く捻りながら、ロークはそうして今日の目覚めを迎えた。

 ロークの予想通り、飯は貧相なものだった。
 そこらでドガ率いるゴブリン達が取ってきたものだろう。小型の獣が3匹。勿論、オーガの腹はこれでは膨れない。
 ロークは不機嫌そうな顔を更に顰めながらも、文句は言わずに獣の丸焼きを皮一枚残さず食べた。
 小骨ごと肉を咀嚼しながら、ロークはぐるりとゴブリン達を見回す。
 落ち着いた顔で静かに立っている、一番大きいのがホブゴブリンのドガ。この辺りに出てきてからロークが従えた3番目のホブゴブリンだが、前の2匹と比べると使えるやつだ、とロークは判断している。
 その横に並ぶのが、ドガがどこからともなく集めてくるゴブリン達だ。数は5匹、装備も格好もバラバラ。1人欠ければ、2日後には1人増えている。ドガを従えてから、数に困ったことはない。
 その中の1人が腹を擦り、けぷ、と息を漏らした。
 ドガがその一人をちらと一瞥したと同時、ロークが吐き出した獣の骨がそのゴブリンの頭に鋭く直撃した。
「げぎっ!?」
 悶絶して転げまわるゴブリンに、ロークはゆっくり立ち上がって歩み寄り、そのまま踏み潰した。
「――ふん。行くぞ、お前ら」
「へい」
 ドガだけが返事をした。4匹になったゴブリン達は互いに顔を見合わせ、無言でロークとドガに追従した。

 ロークと不愉快な仲間達は、道中で小さな獣を狩り、腹の中に収めながら、山を一つ越えた。
 ここらは夜に行動する獲物が少ない、とドガが進言したので、適当な穴蔵を見つけて、そこで一晩。
 また貧相な飯を食べ――今度はゴブリンを減らすことなく――それから、穴蔵の周囲を探索することとなった。
「――ボス、あれを」
 最初にそれに気付いたのはドガだった。
 それは、不自然に木々が避けられた、1本の空白の線。
「あれがなんだ」
「獣道じゃねえす」
 ロークは言われて、なるほど、とその道に歩み寄る。鼻を鳴らすと、久々の馳走の匂いがした。思わず笑みを浮かべる。
「張るぞ」
「へい。 ――ゼド、レグは右に。オンガ、向こう側を見張れ。スガは向こうだ」
 ゴブリン達がドガの号令で散らばる。その動きは道中の行程に比べて機敏だ。
「ボスはどうします。穴蔵で待ってますか?」
「今日は俺もやる」
「分かりました。なら、そっちの岩陰に」
 ロークはいくらか引いて、大きな岩の陰に。ゴブリン達は見えなくなるが、問題はない。
 待ったのは日がいくらか傾いて、赤く染まる少し前。
「――やれ!」
 唐突に森の中に響いたドガの号令を合図に、ロークも身を起こし、地を鳴らして小さい木を薙ぎ払う。
 そうして視界に入った獲物は白エルフが3匹。それぞれが弓と短剣を手に、何事かを叫び、ゴブリン達を撃つ。一目見て、大した相手ではない、とロークにも分かった。
「――オオオォォッ!」
 ロークも雄叫びを上げて、吶喊する。ロークの姿に気付いた白エルフの3匹は表情を抵抗から恐怖に変えて、慌てて逃走を始めた。
 ドガと生き残った3匹のゴブリン達がすかさずその行く手に回り込む。ドガに合わせて一斉に掴みかかる、喜色顕なゴブリン達。揉み合いになっている間に、ロークが悠々と追いついた。
 ロークは手近な白エルフを掴み、その細い手を握り潰した。意味不明の絶叫とともに短剣が落ちる。黙らせるために腹に拳を一撃。口から色々なものを吐き出して、それで1匹が沈黙した。そうしている間に、ドガも手際よく1匹を黙らせた。
 しかし、もう1匹はゴブリンの喉笛を掻っ切って、脱兎のように逃走してしまった。ドガはすかさず背の短弓で追い打ちを掛けたが、それは背に突き立ったのみで、その動きを止めるには至らなかった。
「すみません、ボス。逃しました」
「まあいい」
 ロークは上機嫌に自分が捕らえた白エルフを担ぎ上げ、ドガが捕らえた1匹も掴み上げた。2以上味わっていない白く柔らかい肉の感触に、思わず唾が口内に溢れた。
「どうしやす、ひとつ前の穴蔵まで戻りやすか?」
 ドガが尋ねた。ロークは、邪魔をするな、と言いたげな顔で返す。
「そこまで待てるか」
「ひとり逃してますから、危険ですぜ」
「るせえ。あんな奴ら、物の数でもない」
「――へい」
 ドガの返事には一拍の間があったが、それだけだった。

 穴蔵に戻って、その日の晩は小さな宴になった。
 白エルフは1匹が雄、1匹が雌だったが、ロークは構わずに2匹ともしゃぶり尽くした。
 上機嫌なロークは、雄の方を2匹残ったゴブリン達に、雌の方をドガにくれてやった。そしてその日の内に雄を食べ、雌は翌日に残しておくことにした。
 目の前で同族が生きたまま食われる光景に、雌の方はローク達にとって意味不明の嘆きや怒りの声を叫びとして上げ続け、それを彼らは嘲笑いながら腹を満たした。
 久々の美味い肉の味に、ロークはその日は腹を鳴らすことなく、ゆっくりと眠ることができた。

 ――そしてロークは、そのまま目覚めなかった。
 ロークがその最後に朧気に見たものは、猛烈な眠りの意識の中、自身の首と胸に刃を突き立てる2人のエルフのシルエット。
 真夜中になってすぐさま報復にやってきた白エルフ達が、奇襲から電撃的にゴブリン2匹とロークを殺したのだ。
 こうして一人助かった白エルフは、目の前で仲間が食われるオーガの恐怖を身に刻み、それを村に伝えながら生きていく。

 そしてある森の中。
 また一人、奥深い山の中から出てきた野良オーガは、そこでホブゴブリンを従える。
「お前、名前は」
「ドガと言いやす。よろしくお願いしまさあ、ボス」

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