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SandBox/ある男の話 のバックアップ(No.2)


ルアーブルの港に降り立って

 照り付けてくる乾いた日差しの下、私は石畳の上に一歩を踏み出した。
「――その荷物は向こう、あそこだよ! ほら、後がつかえてる! さっさと行きな!」
 赤毛の女長の声に急かされて、私はふらつく足でせっせと麻袋を運ぶ。
 中身はクオ麦だろうか。漂う潮の匂いが私の鼻腔を刺激する。 ――すぐそこの海からの匂いかもしれないが。
 それにしても、人が多い。こうしてから降りて少し見回すだけでも、百人は見えるだろうか。
 貿易港…… なのだろうか、ここは。中規模のがいくつも停泊し、筋骨隆々の夫たちがせっせと積荷を降ろしている。私のように筋骨隆々でないものもいるが、手際は良い。
「そら兄ちゃん、きょろきょろしてっと転んじまうぞ!」
「あ、ああ。済まない」
 そうしていると、後ろから陽気な笑い声を伴う声。
 見れば、同じ内で何度か顔を見た、熟練の員だった。
「ここは貿易港なのか?」
「そういう区別じゃねえな。ここは中型――ほら、喫水があるだろ? の底から水面までの距離だ。あれとのガタイで区別してんのさ」
「――ああ、なるほど」
 何故、とは言わずにその員は私の疑問にすらすらと答えてくれた。
「ここはドルフィンポートつって、向こう側にはもっと小さいのが泊まるシャークポート、向こうには大型が泊まるホエールポートがある。その向こうは軍港だな」
「そういう区別か」
 員が指したその方向を見つつ――街並みと小高い丘に阻まれて見えはしなかったが――私はようやく背中の麻袋を、同じような麻袋の山の隣へと置いた。

「お疲れだったね。さ、ここがルアーブルさ。夢を掴んでおいで」
 女長にそう言われて背中を押され、私は晴れて一時員から自由の身となった。
 先程は麻袋を運んでいた私だが、何も員というわけではない。あの女長の貿易に載せてもらう代わりに、一時の員として働いていただけだ。
 個人的には旅で優雅に来たかったが、そうもいかなかった。私はラクナウの方から乗ってきたわけだが、向こうの海運ギルドルアーブル行きの旅の部屋の値段相場を聞いたら、2000rkからだと言われたからだ。海賊どもの縄張りの近くを通る航路か、遠洋を通る遠回りの航路か。どちらにしても危険で金がかかるとのことだった。
 払えないわけではなかったが、路銀の半分以上が飛ぶ。安いのか高いのか分からなかったので躊躇われるというのもあった。そこでその場で相談してみたところ、あの女長が員を募集しているとのことだったので、頼み込んで片道員として雇ってもらったのだ。
 ちなみに二隻からなる小さな海賊が沿岸での道中一度だけ襲ってきたが、私があわあわしている間に、女長が直々に三連バリスタを打ち込んで撃退していた。
 一応、給金も受け取っている。キリよく1000rk。高いのか安いのかは、やはり分からない。それなりの大金であることは確かだが。しかし、もし2000rk払っていた場合との差を考えると、3000rkの得をしたことになる。そう考えると凄いのかもしれない。
「――ようし、そら兄ちゃん、飲みに行こうぜ!」
 ばんっと力強く背中を叩く逞しい掌。見れば、やはりあの員だった。他の員たちもいる。
「仕事の後は飲んで寝て、クオ=ルート様のケツを拝む夢を見ながら明日に備える! お決まりだ! さあ行こうぜ!」
「その表現は多少いかがなものかと思うが。しかし、いいのか?」
「こまけえことは気にすんな! アグ=ヴァ様にケツの穴が小せえって怒られちまうぞ!」
 がっはっはと豪快に笑う員。
 あまり断れる雰囲気でもないので、私は多少引け目を感じつつも、彼らの好意に甘えることにした。
「分かった。君たちとの出会いをクオ=ルート神を基としたナインズに感謝を」
「そうこなくっちゃな!」
 員たちは道々、見目のいい女たちや、港沿いの小バザーの露天に視線を向けつつ、最寄りの酒場へ。
 看板を見る。 ――ふらつく海猫亭。どうやら夫たち御用達の店であるらしく、店内は昼を過ぎてしばらくだというのに、喧騒で満ち満ちていた。
「よく冷えたドランカラムをくれ! レモンの輪切りも頼む!」
「待ってな!」
 注文の声に威勢良く答えるのは、見目の良い娘。小さめの体型の割に、発達した上腕筋はドワーフだろうか。ドワーフは海の傍では仕事をしないと聞いたものだが、迷信は迷信ということらしい。 
「無事に港の土を踏めたことに乾杯!」
 熟練の員の音頭で、私たちは乾杯を交わし、飲んで食べて、そして歌った。
 とにもかくにも、私はこうしてルアーブルにたどり着いたのである。

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