SandBox/ある男の話② のバックアップ(No.3)
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神の膝元 †
ト=テルタのテンプルは中に入ってからが更に豪華絢爛だった。
シンプルながら出来うる限り装飾された柱。幸運に纏わる様々なレリーフが刻まれた壁。それらに支えられた、緻密な文様と鮮やかさを誇るステンドグラスを持つ高い天井。
どれもが計算された規則正しい比率の元に成り立っており、悪趣味さを感じさせない。
中央奥に鎮座する神像は、やはり豪華だ。取り敢えずはそのぐらいしか言葉が浮かばないぐらいには。
「流石はルアーブルのテンプル、と言うべきか」
「何か違うの?」
「私の故国の王都に負けてない」
私とベルはゆっくり前へと進み、適当な位置で祈りを捧げる。時間は少し長めに取っておく。
それが終わったら、神像の前へ。
「あれか。 ――流石に大きい」
目当てのものを見つけて、私は懐の小金袋からルクス金貨を一枚取り出した。
それは、ルクス貨が幾枚も沈む、聖水が満たされた口広の壷――寄進壷だ。
やや遠間ではあったが、私はふっと金貨を投じ、ちゃぽんと寄進壷の中へと投じることに成功した。この成否が重要であるとされ、中には成功するまで続ける人もいる。
ベルも銀貨を投じ、ちゃぽんと一投で成功させた。
「よし」
ちらと見ると、少し満足げな笑みを口元に浮かべている。なかなか可愛らしいところもあるものだ。
そうして踵を返した時、神官の一人と視線が合った。
金髪をロングにした、美女だ。人間の二十代、豊満な身体を金と白の法衣の下に押し込んでいる。
その彼女は私に会釈をすると、徐に歩み寄ってきては私の隣にいるベルの前に立ち、その艶やかな薄赤の唇を開いた。
「ご寄進をありがとうございます。ト=テルタ神のご笑覧がございますよう。 ――特にベル、あなたには」
そう言われて、私は右斜め下を見る。ベルは先程の笑みはどこへやら、仏頂面で神官の彼女を見つめ返していた。
「知り合いか」
「うん。元スラム仲間」
『元』が幾分か強調されていたのは、気のせいではないだろう。
そんな微妙な視線を知ってか知らずか、神官の彼女は改めて私に向き直ると、もう一度会釈をした。
「申し遅れました。ト=テルタ様にお仕えする神官の一人、メリアと申します」
最初の仕事 †
メリアと名乗った彼女は、私とベルを聖堂の端の方へと導き、そこで話を再開する。
「それで、ええと。あなた様は?」
「昨日、ラクナウの方から船に乗って。新たな安息の地を求めて来た」
「まあ、それは。長旅、お疲れ様でした」
言いながら、メリアはさりげなく私を見た。その視線の動きは、ベルが私を見た時のものと極めて近かったように思える。
「宿が取れずに途方にくれてたから案内してあげた」
「それは良いことをしましたね」
「それほどでもない」
ベルが頷く。暴利を貪ったことを付け加えたなら、本当にそれほどでもない。
「ト=テルタさまも手間が省けてお喜びだと思いますよ。 ――さて、ベル。少し手は空いていませんか」
「何?」
「今日の今、ここであなたに会ったのも縁。折角ですから、あなたに頼みたいことがあるのです」
ベルがメリアのサファイアの瞳を見つめる。一瞬、奇妙な間があった。
友人としての頼みか、冒険者としての頼みか――そういうことだろうか。
「もちろん、報酬はお支払いします。600rk。それほど難しい仕事ではありません」
「……わかった。でも、ひとつ注文がある」
「なんでしょう」
そこでベルは私に視線を向けた。
「彼も一緒に行く」
仕事の内容は、ロバーツという男性の神官をここから1日ほど離れたところにある開拓村に迎えに行くこと。
道中にゴブリンが出るという報告がある。可能な限り彼の安全を確保すること。
――要は、護衛の依頼だ。
「冒険者になるつもりは、なかったんだがな」
ベルが顔馴染みだという店で出発の準備をすしながら、そうぼやいた。
「我儘言わない。次は別の仕事を探せばいい」
「これもト=テルタの導きか」
「そういうこと」
私が買ったのは、まずは携帯食としては定番の燻製肉。塩漬けにした肉を燻したもので、そのまま食べてもいいがスープにすると塩辛さが適度に緩和されて喉を乾かさずに頂ける。
とはいうものの、私は料理が苦手なので、今回は残念ながらそのままかじり付くことになる。肉はリザードという安価な肉を選んだ。名前からしてトカゲ肉だろう。試食はさせてくれなかったので、美味であれば、とは言わないが、せめて癖がないことを祈る。
続いて塩辛さを中和しようと買ったのがドライフルーツ。ブドウやベリーは残念ながら入っていないが、バナナやパイナップルなどという白さの目立つものが多く、目を引いた。
あとは水、飲料水だが――売っているのは見かけられない。
「水は売っていないのか?」
ロープと毛布を一束ずつ買っているベルにそう聞くと、一瞬の間があって、ああ、と。
「水はこっち」
そうして連れて行かれたのは、街中、小さな広場にある奇妙な形の井戸だった。
四角い石柱のようなものが石造りの地面から生えており、その石柱から滲み出す水を粗雑に取り付けた木製の受け皿で溜めている、といった風体の井戸だった。
「ここで汲む。お金はいらないし、飲用にも十分」
「これは…… 井戸か?」
「そんな感じ。大迷宮から出てる余分な水だと思うけど、詳しくは知らない」
話を聞くに、ルアーブルの人々は大迷宮の上にあるという土地柄を上手く生かしているようだった。
開拓村へ †
「それで、開拓村へはどう向かえばいい?」
チェックした荷物を背負い袋にしまいこんで、ベルに尋ねる。
ベルは私の問いにすぐに答えず、街の通りを一瞥して、
「今回は経費が出てるし、安全上の問題もあるから、ムィムィに乗る。 ――あれがそう」
そう言って、視線の先にいる一体――荷車を引いている一羽の大きな鳥を指さした。
そのムィムィという鳥の背中には鞍が付いており、なるほど、と私は頷く。
「馬代わりか」
「近い。門前広場に貸してくれる店があるから、そこで借りる」