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SandBox/ある男の話①

SandBox/ある男の話

ルアーブルの港に降り立って Edit

 照り付けてくる乾いた日差しの下、私は石畳の上に一歩を踏み出した。
「――その荷物は向こう、あそこだよ! ほら、後がつかえてる! さっさと行きな!」
 赤毛の女長の声に急かされて、私はふらつく足でせっせと麻袋を運ぶ。
 中身はクオ麦だろうか。漂う潮の匂いが私の鼻腔を刺激する。 ――すぐそこの海からの匂いかもしれないが。
 それにしても、人が多い。こうしてから降りて少し見回すだけでも、百人は見えるだろうか。
 貿易港…… なのだろうか、ここは。中規模のがいくつも停泊し、筋骨隆々の夫たちがせっせと積荷を降ろしている。私のように筋骨隆々でないものもいるが、手際は良い。
「そら兄ちゃん、きょろきょろしてっと転んじまうぞ!」
「あ、ああ。済まない」
 そうしていると、後ろから陽気な笑い声を伴う声。
 見れば、同じ内で何度か顔を見た、熟練の員だった。
「ここは貿易港なのか?」
「そういう区別じゃねえな。ここは中型――ほら、喫水があるだろ? の底から水面までの距離だ。あれとのガタイで区別してんのさ」
「――ああ、なるほど」
 何故、とは言わずにその員は私の疑問にすらすらと答えてくれた。
「ここはドルフィンポートつって、向こう側にはもっと小さいのが泊まるシャークポート、向こうには大型が泊まるホエールポートがある。その向こうは軍港だな」
「そういう区別か」
 員が指したその方向を見つつ――街並みと小高い丘に阻まれて見えはしなかったが――私はようやく背中の麻袋を、同じような麻袋の山の隣へと置いた。

「お疲れだったね。さ、ここがルアーブルさ。夢を掴んでおいで」
 女長にそう言われて背中を押され、私は晴れて一時員から自由の身となった。
 先程は麻袋を運んでいた私だが、何も員というわけではない。あの女長の貿易に載せてもらう代わりに、一時の員として働いていただけだ。
 個人的には旅で優雅に来たかったが、そうもいかなかった。私はラクナウの方から乗ってきたわけだが、向こうの海運ギルドルアーブル行きの旅の部屋の値段相場を聞いたら、2000rkからだと言われたからだ。海賊どもの縄張りの近くを通る航路か、遠洋を通る遠回りの航路か。どちらにしても危険で金がかかるとのことだった。
 払えないわけではなかったが、路銀の半分以上が飛ぶ。安いのか高いのか分からなかったので躊躇われるというのもあった。そこでその場で相談してみたところ、あの女長が員を募集しているとのことだったので、頼み込んで片道員として雇ってもらったのだ。
 ちなみに二隻からなる小さな海賊が沿岸での道中一度だけ襲ってきたが、私があわあわしている間に、女長が直々に三連バリスタを打ち込んで撃退していた。
 一応、給金も受け取っている。キリよく1000rk。高いのか安いのかは、やはり分からない。それなりの大金であることは確かだが。しかし、もし2000rk払っていた場合との差を考えると、3000rkの得をしたことになる。そう考えると凄いのかもしれない。
「――ようし、そら兄ちゃん、飲みに行こうぜ!」
 ばんっと力強く背中を叩く逞しい掌。見れば、やはりあの員だった。他の員たちもいる。
「仕事の後は飲んで寝て、クオ=ルート様のケツを拝む夢を見ながら明日に備える! お決まりだ! さあ行こうぜ!」
「その表現は多少いかがなものかと思うが。しかし、いいのか?」
「こまけえことは気にすんな! アグ=ヴァ様にケツの穴が小せえって怒られちまうぞ!」
 がっはっはと豪快に笑う員。
 あまり断れる雰囲気でもないので、私は多少引け目を感じつつも、彼らの好意に甘えることにした。
「分かった。君たちとの出会いをクオ=ルート神を基としたナインズに感謝を」
「そうこなくっちゃな!」
 員たちは道々、見目のいい女たちや、港沿いの小バザーの露天に視線を向けつつ、最寄りの酒場へ。
 看板を見る。 ――ふらつく海猫亭。どうやら夫たち御用達の店であるらしく、店内は昼を過ぎてしばらくだというのに、喧騒で満ち満ちていた。
「よく冷えたドランカラムをくれ! レモンの輪切りも頼む!」
「待ってな!」
 注文の声に威勢良く答えるのは、見目の良い娘。小さめの体型の割に、発達した上腕筋はドワーフだろうか。ドワーフは海の傍では仕事をしないと聞いたものだが、迷信は迷信ということらしい。 
「無事に港の土を踏めたことに乾杯!」
 熟練の員の音頭で、私たちは乾杯を交わし、飲んで食べて、そして歌った。
 とにもかくにも、私はこうしてルアーブルにたどり着いたのである。

最初の夜の帳 Edit

 ゆっくりと、雑多な港沿いの街並みが夕に沈む。
 内地にある、大魔法学院を擁する都市では、まだ未熟な生徒が都市の街灯に“ライト”を付けて回るという。
 ルアーブルは大都市ではあるが、流石にそこまでではないようだった。
「宿は…… 向こうの通りか?」
 誰にともなく呟きながら、酒場で聞いた道を不確かながら私は行く。
 員たちとの宴が長引いてしまったのは、少々不覚だった。本当ならばこんな時間になる前に、部屋は取っておかねばならないのだが。
 ランタンを翳しながら歩くというのは馬鹿にならない出費だし、そもそも都市内といえど夜に出歩くのは官憲の手を煩わせることにもなりかねない。私の名誉としてもそれは避けたかった。
 そう思って私の足は酔いで多少ふらつきながらも急ぎに急いだのだが、やはり遅かったようだ。尋ねた七軒の宿はいずれも満室で、私が滑り込む余地は何処にもなかった。
 この分では、他の宿も満室だろう。
「――どうしたものか」
 通りの端、静かに流れる運河のほとりで、私はしばし途方に暮れた。そっぽを向かれたのはト=テルタか、クオ=ルートか。
 流石にこの大都市の中であっても、土地勘のない場所で、いい加減に野宿をする勇気は私にはなかった。
 この地は夜の帳が落ちかかっても十分に暖かく、体調を崩しはしないだろう。
 だが、それよりも、何処であれ一番恐れるべきものは人間であることを、私はよく知っている。
「別の通りになら、まだ希望はある、か?」
 視線の向こう、運河を越えた向こうにも、人々の営みの灯りはまだ見えている。
 だが、夕に照らされる建物や、薄暗闇が差し込みつつある通りに視線を滑らせれば分かる。この向こうはいわゆる貧民層に近いのだと。
 流石にこのルアーブルでは新参もいいところの私が、ここより向こうに踏み込む勇気も、また存在しなかった。
「……どうしたものか」
「――どうしたの、オジさん」
 不意にそんな声が聞こえてきたのは、背後からだった。
 私はゆっくり振り向いた。腰のレイピアについ手が掛かってしまったのは、あまり良くない癖だ。生きるためには有効ではあるが。
 視界に入ってきたのは、怪しい者を見るかのような仏頂面をした褐色の肌の娘だった。
「宿が、取れなくてね。途方に暮れていた、ところだよ」
 わざとゆっくり話し、その間に相手の様子をさりげなく観察する。
 くすんだ銀の短髪、黒目、褐色肌。見目は悪くはない、むしろ良い方だが、発育は良い方ではない。僅かに覗く耳は少しだけ尖っており、恐らくハーフエルフであることを伺わせた。
 身に付けているものは、薄汚れた短衣に、革の胸当て、腰当て、ブーツ。腰当てのベルトに差している短剣とポーチを見る限り、スカウト技能レンジャー技能、あるいはシーフ技能の持ち主だろうと予測ができる。
 前者の方ならまだ幸いだが、後者だとしたら、あまり良くはない。
「ふぅん。ルアーブルは初めて?」
 少女はそう言いつつ、私を遠慮なくじろと見てくる。あからさまな、何かを探ろうとする視線だ。
「――ああ。乗り達と飲み比べをしていて、こんな時間になってしまった」
 本当はこういう質問に、迂闊に初めてだと答えてはいけない。
 しかし、この状況では下手に取り繕っても嘘は丸分かり。嘘は嫌いではないが、自分が吐くのは苦手だったこともあって、私は正直にそう答えた。
「そう」
 少女は素っ気なく短く答え、それで私に興味を失うかと思ったが、そんなことはなかった。
「――300rkで、宿の紹介と、道案内。どう?」
 少女は愛想の良い微笑みひとつすら浮かべずに、片手を軽く出しながらそんなことを聞いてくる。先程の探る視線は、金を持っているかどうか、だったのだろうか。300rkというのは、道案内の相場としてはなかなかの額だ。良識的な人間なら暴利と非難しても誰ひとり咎めないだろう。
 要するに足元を見られているわけだが、私にはあまり選択肢が多くないのも事実だった。
「高くないか?」
「必要ないならいい。ムィムィの子供が路地に迷い込んで寝てるってスラムの仲間に教えるだけ」
 言って、僅かに笑みを見せる少女。可愛いが、正直、邪悪さが滲んでいた。
「必要ないとは言ってない。不満があるだけだ。少しは」
「じゃあ300rk」
「せめて200rkにしてくれ」
「ダメ、300rk」
 どうやら妥協する気はないらしい。
 私は深く息を吐くと、やれやれと思わず零しながら、腰を上げた。
「分かった。 ――ただし、こんなにひどいのはこれきりだ」
 ルクス金貨15枚をその小さな手に渡すと、少女は満足げに頷いた。
「ん。ベル」
「うん?」
名前。 ――こっち」
 ハーフエルフの少女ベルは、そう言って慣れた足取りで、私を貧民街の通りへと導いていった。

ハーフエルフのベル Edit

 ベルが私を導いた先は、お世辞にも質がいいとは言えない、貧民街を入ってひとつ通りを抜けた裏のところにある宿だった。
 看板さえ表に出ていないその宿は、商売する気があるのかどうか。
 値段も、良好とは言い難い。1泊10rk。勿論、安いと言えば安いが、一般的な宿にあるような世話は一切ないようだった。風雨を凌げ、洗っても汚れが落ちないほど使い古された毛布が1枚借りれるだけで10rkと考えると、これは高い。
「おばさんに言って個室を借りてあげただけでもありがたがるべき」
「そうかもしれないが」
 ベルは、一応、高い案内金を支払っただけあってか、2つしかない個室の片方を借りてくれた。
 どうやら一見の客には貸さない――これでも上等な部屋らしい。
「――で、ベル。君は何故まだここにいる?」
「ん?」
 そしてそのベルはというと、革の防具を脱いで楽になり、簡単な短衣だけの姿で自前の道具を点検していた。
 覗く項や肩、露な足のスマートな曲線には、痩せてはいるがエルフの血特有の艶がある。つい視線が行ってしまうのは、男の性ということにしておきたいものだ。
「いらないかもしれないけど、警護も」
「それはありがたいが。他意はないだろうな」
「ない。 ――強いて言うなら、せっかくの金払いがいい獲物をみすみす横取りされそうな状態で放っておくバカはいない」
 ベルはそう言って、私には視線もくれずに、ぱちりと小さな折り畳みのナイフを立てた。
 簡単な細工ものだ。シーフスカウトレンジャーならではの品だが、あんなもので使用に耐えうるのだろうか。
「君の意図は分かった。 ――一晩中ここにいる気か?」
「勿論。もし望むなら、夜の相手をしてもいいけど」
「流石にそこまでは望まない。それほど君を信用してもないしな。 ――そんなもので使えるのか?」
 エルフの肉の味というものに惹かれないわけではなかったが、流石にまだベルをそのような行為の相手として見れるほどではなかった。
 代わりに先程の疑問を口に出すと、ベルはナイフをランプの明かりに翳し、
「何に使うものに見える?」
 と、そう聞いてきた。
「ナイフだろう、折り畳みの。ならば、切る用途なんじゃないのか。肉とか。肉が切れるようには見えないが」
「そう。これは肉を切るためのものじゃない。糸とか、そういうのを切るためのもの。あと、いざという時、楔の代わりにも使える」
 当然のように言って、ベルはナイフをしまった。
 それで終わりだったのだろう。道具を片付け、ふっとランプを消す。
「お休み。目覚ましはいる?」
「――そうだな。適当な時間に起こしてくれ」
「分かった」
 私は一日の終わりの祈りをティガ=タルナに捧げてから、粗末な寝台にゆっくり横になった。硬いが、まあ石の床の上よりはマシだろう。
 ベルは部屋の隅で、呼気の音さえも立てずに、じっと座り込んでいるようだった。
 暗闇の中で、差し込む月光を反射して僅かに輝く、小さな一対の黒曜石。
 それをしばし見つめながら、私はゆっくりと眠りに落ちた。

 私が起こされたのは、朝の4時頃だった。
 まだ暗い中、私とベルはゆっくり身支度を整え、余裕を持って宿を出る。
 街にゆっくりと陽の光が満ちてくる中で、私は路上ながら簡素にアル=グラムへ祈りを捧げた。
「――」
 そんな私の祈りを、ベルはどこか退屈そうに眺めていた。
 どうやらアル=グラムは彼女の主たる信仰の内ではないらしい。
「君は祈りはいいのか?」
「迷宮に潜る前にト=テルタにお祈りするぐらい。あとはいい」
「そうか。 ――迷宮?」
「知らない? ルアーブル大迷宮のこと」
 ベルは足元を指差しながら言った。それで思い出す。ルアーブルの地下には〈人〉の時代の大遺跡のひとつである大迷宮が存在するのだと。
名前を聞いたぐらいは」
「よければそこもあとで案内する」
「案内?」
 はて、何のことだ、と思っていると、ベルは当然のように言った。
「案内。ルアーブル、初めてなんでしょ」

仕事探し Edit

「――向こうがミッドリム。中級層の集合住宅とかがある」
「宿の通りも向こうか。次はもう少しいい場所に泊まりたい。最低でも湯が使えるところがいいな」
 私はベルに先導されて街案内を受けながら、まだ薄暗い街中を往く。
 早朝の時間帯だが、既に主たる通りは人通りが多くなりつつある。実に活気のある大都市だ。
 遠くからは鉄を打つような音がする。
「鍛冶場が近くにあるのか」
「この辺はボトムリム。アグラ=イヴァナテンプルもここ」
「なるほど、道理で。後で訪れてみるとしよう」
 取り敢えずは仕事探しをしなければならない。その時にアグラ=イヴァナに祈りを捧げてみるのも悪くはないだろう。ト=テルタの方が先かもしれないが。
 見回しながら進むと、小さな広場に出た。
 確か、昨日の宿探しの最中にも通りかかった場所だ。
「この向こうが、冒険者通りって呼ばれてる」
「ふむ」
 ベルが見ている先を見れば、確かにその通りにはそこかしこを行き交う人々とは違う層の人間が見えた。
 身の丈ほどの大剣を帯びた男が、その男のものと遜色ない大剣を帯びた、男の身長の四分の三ほどしかない少女と談笑を交わしている。
 寝ぼけ眼の女が、ひとつ欠伸をしながら億劫そうに占具に触れている。肌に露出しているヴィサルガ――魔法の文様は、両の腕を覆わんばかりだ。その指先の行方を見守るのは、線は細いが、まるで華奢さを感じさせない美麗な青年。
 もうひとつ向こうの角では、遠目から見ても分かるほどに秀逸な出来である抜き身の片手剣を壁に立てかけ、その前でその刃を観察する二人の女。片方は褐色に近い灰色の肌で、深淵の血を帯びていると言われるガルハドラであることが容易に分かる。だが、隣の人間の女は、刃を眺めるばかりで、それを気にする様子はひとつもない。
 勿論、彼らのような、一目で違うと分かるものばかりではない。いくらかは、港で見た員の服を取り替え、武器を帯びさせただけのような雰囲気でしかない。
 それでも、一瞥しただけで記憶に残る者が、これだけいる。
「なるほど」
 ちらとベルを見る。彼女も独特の雰囲気は、僅かにある。彼らほどではないが。
 その目に宿っているのは、僅かな不満のようだった。
「私はここはあまり好きじゃない」
 私の視線を察してか、ベルはふい、とそう答えると、ふらっと別の通りへ向かう。
 私はそれを追うと、何故? と小さく問いかけた。
「あそこにいるのだけが、冒険者って呼ばれてる気がするから」
 なるほど。
 私は最後にその通りを一瞥すると、ベルを追って、港の方に向かう。

 ベルから簡単に三つの港の説明を受けて、なるほど、と私は頷いた。
 員からも聞いた、あの話だ。
「仕事口を探すなら、この辺から、そこの大バザールまでを見て回るといい。 ――仕事、ないんでしょ?」
「分かるか」
「仕事が既にあってここに来た人はあんなところで迷ってない」
 言いつつ、ベルはちらと私の腰にあるレイピアを見た。
冒険者にはならないの?」
「危険は、苦手でね。これの扱いも、おまけみたいなものだ」
「――」
 ベルは何か言いたげだったが、ふい、と興味をなくしたように先へ進む。
 そのまま港沿いの大通り――大バザールを横目に、私達は往く。
 見回せば、商人もそうだが、何より貴族と分かる者の姿が目立つようになってきた。
 煌びやかに着飾り、立派な店のガラスケースを遠慮なく覗き込む少女と、それをエスコートする風の少年。
 内地ほどではないが、貴族らしい光景だ。
 ――と、そう思いながら正面に視線を戻すと、大きな広場に、一際目立つ豪華なテンプルが見えてきた。
「――ここが」
「言わなくてもわかる。ト=テルタテンプルか」
 人々が行き交う中、広場の最奥に居を構えているト=テルタテンプルは、やはりその神の気質を表してか、豪華絢爛だった。正門前に鎮座する、金細工を施された巨大な神像がなんとも象徴的だ。ここでも、あの金細工を剥がそうなどすると、不幸に見舞われるという逸話があるのだろうか。
「お祈り、していく?」
「そうだな。少しは気を引いておかないと、何をされるか分からない」
 頷いて、私は神像の近くで待ち合わせをする商人を横目に見つつ、テンプルの階段に足を掛けた。

SandBox/ある男の話②

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